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2021年の月(佐藤)



八王子、高尾と乗り継いで、高尾から普通列車大月行きに乗り継ぎ大月駅に向かいました。さらに、そこから富士急行に乗り換えて、目的地の河口湖駅をめざしました。初めて富士急行です、恥ずかしい話、わたしは少し興奮するのをおさえきれませんでした。

三両編成の小振な車両、車両のうち外に描かれたリサとガスパールの絵群がありました。車内は一切余計な広告はありません、あるのはリサとガスパールの絵本絵画ダイジェスト画面、開閉ドアが開く度、閉じる度にその素朴な開閉音に聴覚も刺激されるのが分かりました。わたしは小さなこどもになりました。

わたしがいるのは二両目真ん中です。月江寺(ゲッコウジ)駅の次は
富士山(フジサン/Mt.FUji)という駅でした。到着する前です、車窓いっぱいに突然現れた富士の形容に、身を乗り出して中腰前屈みになりました。近くの老婦人には無視されましたが・・・。

河口湖に着いてから目的地のギャラリー&カフェに向かいました。
案内所ではタクシーを勧められて動きました。富士山にまっすぐに向かって行く感じでした。

絵を観ることが出来ました。伊藤仁(じん)さんは額装も絵に合わせて手作りしてしまう絵描きさんです。こんなにお話するのははじめてなので困りました。好きな音楽のことも聞きました。色々なお話をうかがっても、彼の何処か飄々とした物言いがそうさせるのでしょうか、話があきることがありませんでした。それでも二人の会話、最後は絵の話になりました。つぶやくように噛み締めるように「(絵は)人それだから・・・」と話してくれました。

「お願いがあります、伊藤仁さんSNSに載せた月の写真でが・・・ぼくも使っていいですか!」唐突なお願いにも伊藤仁さんは快く許可してくれます。そして、画像送信もしてくれたのでした。有り難い事でした。(続く)


伊藤仁撮影/2021-09-21

佐藤比呂二の画像
佐藤比呂二 2021/12/14 00:38

泣きっ面にホチキス(佐藤)


6月24日木曜日23:30頃、自転車で帰途、傘が前輪に絡まり、後輪が浮き体は前のめになって路上に打ちつけた。地面との距離感もわからず顔面で受け身をとる一瞬の出来事だった。それは真っ暗な世界に吸い込まれるような感じでした。
家に帰って、水で濡らしたタオルが血で染まる、タオルで冷やして精一杯。バンドエイドで止血する。鏡の中のわたしの顔はまるで永井豪の漫画に出てくる主人公の様相だ。市内の夜間指定病院に電話をする。「めまいや吐き気がしたら、また、連絡ください」という。
床についてから、めまいも吐き気もなかった。6月24日は、『二十歳の原点』の作者高野悦子の命日を今年も覚えていた。彼女の日記の最後は、確か「旅に出よう」だったかなぁうっすらと思い出した。

25日金曜日。該当する担当医が不在という。違う病院を紹介された。

26日土曜日。ここの担当医は「自転車で転ぶことはぼくにもある」と笑顔で言う。私とは違うと思った。しごく当たり前に、めまいや吐き気がなかったですかと問診した。バンドエイドを剥がして、目の上のコブのような裂け目にホチキス。これは治療だろうか?そして、今日これから骨や脳に異常がないかでCT検査をするという。
今回、生まれて初めて脳や頭の骨の検査のためカプセルのようなものに乗った。結果は異常は無し。写真を見せられた、今、自分の脳の断層写真を見ている自分がいる。少し不思議な感じがした。泣きっ面にホチキスだ。

実は、私は事故る前から少し浮かれていたかもしれません。
東京都、そして、沖縄、北海道が梅雨の晴れ間のように緊急辞退宣言が解除になるのをのを待って、6月28日(月)〜30日(水)に一時帰省するものだ。田舎の家の奥隣りの倉庫がある。その倉庫の解体にともなう隣家への挨拶や解体作業全般を仕切ってくれる工務店主人への挨拶を済ませていないので、この機会で動こうと思っていた。そして、また、倉庫の荷物整理が一番の帰省目的だった。こんな帰省でも楽しみが増して行くことが自分でもわかっていましたから。

兄が解体業者を入れずに同級生の工務店の妻倉修さんにお願いしていました。私も妻倉さんなら小さい頃からよく知っているので、安心して任せられます。

6月28日月曜日。お墓参りができました。父も母も思い出もまぼろし中の世界いる感じでした。この日の空は高いと思いました。

6月29日火曜日。工務店妻倉さん家に挨拶にうかがいました。修さんは「家に上がればーいいっしょ」「上がればー」と強く促してくれました。仏壇にお水をあげさせてもらいました。

妻倉修さんの妹さん百合子さんを覚えています、制服姿の百合子さんです。百合子さん中学3年、僕が1年。卒業式の前日3年生全員が一人ひとりが壇上に上がって校長先生から卒業証書を受け取る予行練習がありました。2年生1年生は椅子に座り眺めているだけのもの。妻倉百合子さんが名前を呼ばれて、決して強くはない「ハイ!」と返事をしました。立ち上がりました。スカートではないスラックス姿です。
私には彼女の所作動作とたたずまいが、次に移る動作が他の周りの3年生と違って見えました。何か分からないですが、彼女なりに生きてきたこれからも生きていく強い領分なようなのが伝わって来たからだと、私は今にしてようやく感じて来る思う始末です。

卒業証書を受け取る姿は後光がさしているように見えたことを話しました。50年以上前の事、話しです。

そして、お兄さん、妻倉修さんにさんにその時のことを話しました、その姿は美しいと思ったことを正直に話しました。話しながら私の目に突然の泪があふれて来ました。涙の源はどこからくるのでしょうか?
泣きっ面にマスクでした。

北海道から戻って来てから、ユーチューブで[弘前 奇跡のハチミツ]というのを見ました。その画面横にダイジェスト沢村英治がありました。

1936年(昭和11年)の沢村英治投手 19歳の時のものが出て来た時は驚きました。そこには職業野球にかける若者たちの仲間の奇跡の映像が映し出されていました。この映像に映った10代20代の選手23名中21人がこの試合後に戦地に出征したという。

2021年夏。申し訳ないように生きてごめんなさいです。沢村英治さん一球投球画像ありがとうございました。誰にも聞こえない、泣きっ面に一球投球画像でした。泣きっ面に絵だと叫びたくなりました。
その日。「描くべし描くべし描くべし」と三度自分のお腹の方に静かにそーっと言葉にして入れてみました。
(講師:佐藤)

ユーチューブ:沢村英治投手の映像が初めて発見され公開された。昭和11年(12月2分弱の映像の中に沢村投手の投げる一球分の投球映像が記録されていた。(2015年:NHKクローズアップ現代)

佐藤比呂二の画像
佐藤比呂二 2021/08/28 19:31

画像について考え中 (佐藤)

2020年10月10日の読売新聞に載った記事に目がとまった。スタジオジブリが、公式サイトでジブリ映画の画像を(ホームページで400枚無償提供をはじめたというものでした。
無償提供はジブリ映画により親しんでもらおうと企画したもので、パソコンや壁紙やポスターカードにするなど、自由な使い方が出きるものです。公式サイトででは、鈴木敏夫プロデューサーが直筆メッセージで「常識の範囲でご自由にお使い下さい」と呼びかけていました。
鈴木敏夫プロデューサーは8月のラジオ番組で「著作権を緩めて、みんなが使いやすい環境を作らないと、作品が消えちゃう」「ジブリ作品は支えてくれた人、見てきた人のものでもある」などと述べ、画像の公開に向け準備を進めていたといいます。
公開された画像は、
その後、早速反響がひろがりを見せた。ツイッター上では、公開された画像にたいして、ハッシュタグ「#」を付けた投稿が目立ち、画像を活用した交流も広がっているとのことです。
公開作品は毎月追加されると予定で、全ジブリ作品を公開するという。画像は公式サイト(http://www.ghibli.jp/)からダウンロードできます。

僕とは違って、SNS上の世界がみじかで活用しているひとたちにとってはずーっと明るいニュースと思いました。

現在、私のところに一枚だけジブリ作品のDVDがあります。2001年当時、映画館で二度見ても良く分からず、本屋でこの映画
のあらスジを確かめる始末でした。
数年経ちました宮崎駿さんの子細なまでのこだわりを知りたくて、やっと動きました。そして、去年2020年のDVDの購入にいたりました。私の事は私自身も良く分からずにいて、あるキッカケや衝動で動くところがあります。さらに自分でも呆れるほどややこしい性格になって来ていると思っています。わだかまる思いを単に整理したいだけなのですが・・・。

神田絵画教室の石膏が置いてあります。その中に「ラボルト首像」があります。
実は私の田舎の実家に同じ「ラボルト首像」が置いてあります。
田舎の方は私がアルバイトしても買いたかった私の十代の買い物でした。函館五稜郭近くの文雅堂から抱きかかえ背中にしょってもし帰ったのを覚えています。

顔を大きく見せていることも造形の約束ことにかなっているような気がして美しいと思っています。いろいろな表情をつくってくれるのであきることがありません。北海道に帰省する度にこの石膏像が迎えてくれる感じもしています。僕にとっては意味も僥倖を求めても決してなく、静かな日常を浸かることができる見守りでしょうか。

ある日の事。この像を描いている教室の生徒さんに、石膏を見ながら話しました。「この石膏が好きです」「ルーブルにある写真を見せられてさらに好きになりました」と。
その生徒さんはその場で携帯の画像画面を見せてくれました。
「・・・えっ・・・」一瞬言葉につまります。鼻、唇、顎が欠けた画像です。
生徒さんが言う事には、ルーブル美術館では10年くらい前から鼻のあるものではなくて以前当時のを展示しているとのことでした。

僕の見てきた像で無くなりそうで
心は少し中空に浮きたくなりました。修復技術が進んで、絵画彫刻などはより鮮やかに蘇り、その精神世界を再び魅せてくれているのはわかっていましたが・・・。

そして今、わたしは田舎のラボルト像、ルーブル画像、親しんで私なりの更新を進めてまいる次第です。

※ルーブル美術館のラボルト画像(パルテノンのヴィーナス)

佐藤比呂二の画像
佐藤比呂二 2021/06/16 06:11
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